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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1699号 判決

控訴人

網屋工業株式会社

右代表者

網屋喜一郎

右訴訟代理人

双川喜文

被控訴人

井島房五郎

栗原忠夫

馬場初子

右被控訴人三名訴訟代理人

長田孝

太田恒夫

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  被控訴人井島房五郎は控訴人に対し二望五〇四四円と、被控訴人栗原忠夫は控訴人に対し七万五九〇二円と、被控訴人馬場初子は控訴人に対し五万〇〇八八円と、夫々右金員に対する昭和五六年一一月一二日から昭和五七年二月一六日まで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人が当審で拡張したその余の請求を棄却する。

四  控訴費用はこれを一〇分し、その一を被控訴人らの、その余を控訴人の各負担とする。

事実《省略》

理由

一本件紛争に至るまでの経緯について

1  控訴人の主張事実のうち、控訴人が神奈川県足柄下郡箱根町湯本茶屋字観音沢一八二番二山林三三平方米(以下本件土地という)につき昭和四〇年九月三日受付をもつて訴外北林サトより五〇分の三三の持分の譲渡を受けた旨の登記を経由したこと、本件土地に対する被控訴人井島の持分が一五〇分の一五、被控訴人栗原の持分が一五〇分の六、被控訴人馬場の持分が一五〇分の二〇、訴外馬場高の持分が一五〇分の一〇であつたこと、被控訴人馬場が昭和五三年三月一三日、馬場高を相続し、同人の本件土地に対する持分一五〇分の一〇を取得したこと、控訴人主張の内容証明郵便が被控訴人らに夫々到達したこと、被控訴人らの主張事実のうち、本件土地の共有持分移転の経過が原判決添付の共有移転一覧表記載のとおりであること、被控訴人らが昭和五七年二月一六日控訴人に対し、当審主張の立替金の支払方を申し出たが、控訴人がこれを拒否したことは、当事者間に争いがない。

2  右当事者間の争いのない事実に〈証拠〉によると、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一)  被控訴人井島は、本件土地と自ら掘さくした本件土地から湧出する温泉源(以下本件源泉という)を所有し、エアーコンプレツサーで汲湯していたところ、訴外清水平治が代表発起人となつて設立した旅館株式会社箱根三昧荘(以下三昧荘という)に対し分湯する必要が生じたことから、昭和一二年二月一六日、清水平治との間で大略次のような本件土地の売買契約及び本件源泉の使用収益及び諸費用の負担に関する契約を締結し、同月一八日、これについて公正証書を作成した。

(1) 被控訴人井島は清水平治に対し本件土地の二分の一の所有権を売渡す。

(2) 本件土地の所有権を共有とし、その持分は各自二分の一とする。但し、公租公課は折半負担とする。

(3) 本件源泉の使用量は一分間につき被控訴人井島が二斗五升を、清水平次が残全部を各使用する。

(4) 被控訴人井島は、本件土地に隣接する同人所有の字観音沢一八二番の一山林四反九畝二〇歩に貯湯槽分配槽を設置し、右土地を共同事業である本件源泉から右分配槽までの通湯(用水)管設置の為に提供し、かつ、清水が同土地上に引湯管を設置することを許諾する。右土地の使用料は将来にわたり無料とする。

(5) 汲湯分配その他に関する保管費、改良費は、被控訴人井島の引湯費用を除き他は一切清火平治の負担とする。

(6) 清水平治が将来湧出量を増加する為、増掘又は汲湯設備の改良等を為す場合は、その費用は全て同人の負担とし、増加した湧出量は、同人の権利に属し、これにより万一湧出量が減少したときは、同人は被控訴人井島の使用量一分間二斗五升は他から補給して確保する。被控訴人井島が湧出量増加の工事をしても、その増加分は、清水平治が使用することができる。

(7) 当事者双方は本件土地の持分を処分する時は、その譲受人に対し本契約、特に湯の使用量を明示し、各自の権利に影響を及ぼさないようにすべき義務がある。

(二)  清水は、その後三昧荘に対し本件土地の自己所有分即ち、持分二分の一を売渡し、被控訴人井島が訴外馬場藤市に対しその自己所有分、即ち持分二分の一の五分の二を売渡したことから、右三者間で昭和一四年一〇月三〇日、さらに次のような覚書を作成した。

(1) 本件土地(本件源泉共)は、三昧荘が一〇分の五、被控訴人井島が一〇分の三、馬場藤市が一〇分の二の各持分による共有とする。

(2) 本件源泉から湧出する湯は一分間につき被控訴人井島が一斗五升を、馬場藤市が一升を、三昧荘は残全部を各使用する。

(3) 馬場藤市は、三昧荘及び被控訴人井島が、馬場藤市所有にかかる字観音沢一八二番の一山林四反九畝二〇歩内に引湯管を設置しこれを通行することを無償で許諾し、被控訴人井島が右土地内に導水管及び分配槽を設置することを無償で許諾する。

(4) 馬場藤市は、以上のほか三昧荘の前主清水と被控訴人井島間の前示(一)の公正証書による契約に定めるところによることとする。

(三)  その後本件土地の共有持分移転の経過は、原判決添付共有権移転一覧表のとおりであつて、各共有者の持分は、昭和二六年一〇月一一日以降、被控訴人井島の当初の持分二分の一に源を発するものとして被控訴人井島が五〇分の五、訴外北林サトが五〇分の一〇、被控訴人馬場(後に相続した分も含めて)五〇分の一〇であり、清水平治の当初の持分二分の一に源を発するものとして、北林サトが五〇分の二三、被控訴人栗原が五〇分の二となつていたものであるところ、本件土地に対する公租公課の納付通知書は、合計五〇分の三三の持分を有する北林サト宛に送付されて、同人がこれを納付し、格別他の共有者に対し負担部分を請求することをせず、また同人が必要と認めた本件源泉の揚湯管のポンプの取替修理等については、他の共有者の同意を得て自らの費用で行つていた。

(四)  控訴人と北林サト及び同人が代表者であつた訴外林光観光株式会社との間で昭和四〇年三月九日次のような裁判上の和解が成立した。

(1) 控訴人は、林光観光株式会社に対し、昭和四〇年八月末までに昭和三九年九月一日付請負契約に基づく工事を完成し、同社と北林サトは控訴人に対し、右工事の完成引渡と引換に請負代金一億一六七八万円を支払う。

(2) 右請負代金の支払いを怠つた場合、北林サトは、控訴人又は、その指定する第三者に対し、自己所有にかかる温泉権を含む本件土地の共有持分五〇分の三三他五筆の不動産の所有権を移転し、その所有権移転登記手続をなすとともに、これらを明渡す。

(五)  控訴人は、昭和四〇年九月三日、右和解調書に基づき本件土地の北林サトの持分五〇分の三三につき同年三月九日付和解を原因とする所有権移転登記をなし、そのころ、控訴人の社員において被控訴人井島を訪ね、新共有者となつたことを告げて挨拶をし、本件源泉の管理費等の負担について質したところ、同人から、清水平治との間の公正証書による契約の写を渡されて、諸費用は、当初は三昧荘が、その後は北林サトが全額負担していて被控訴人井島はこれを支払う必要がないことになつている旨説明を受けた。

(六)  北林サトは昭和四〇年一二月二七日前示裁判上の和解の無効を主張して控訴人に対し右所有権移転登記の抹消登記手続等請求の訴えを提起したが、昭和四八年三月一九日、他の事件とともに控訴人との間で再び裁判上の和解をなし、同人は、本件土地の共有持分五〇分の三三他五筆の不動産が控訴人の所有であることを確認した。

(七)  控訴人は、昭和四〇年九月以降、被控訴人馬場(馬場藤市の相続人)の前示所有地を無償で使用する等本件源泉を北林サトと同様の方法で使用し続けたほか、本件土地の固定資産税は、控訴人外四名に対するものとして控訴人宛にくる納税通知書に従つてこれを支払い、かつ、本件源泉の経常的な管理費を支払つていたが、昭和五〇年九月下旬、本件源泉の揚湯パイプを取替える必要があると判断し、その工事見積額を二三万七五〇〇円とし、被控訴人らに対し、本件土地の共有持分に応じた費用を予め支払うように催告したが、被控訴人らは、右費用は控訴人が全部負担すべきものであるとしてこれを拒否し、被控訴人馬場は控訴人の社員に対し、所持していた被控訴人井島と清水平治間の公正証書の写を交付し、同社員は、そのころ、公証人役場において公正証書の原本を調査したりした。

(八)  控訴人は、昭和五二年六月一三日から本件源泉のパイプ(エアー管、揚湯管)及び分湯枡の各取替等の工事を行い、同月二三日その工事代金八一万八三六〇円を支払つたことから、被控訴人井島に対し、同年七月一一日、被控訴人栗原、同馬場に対し同月七日、控訴人が昭和四一年から立替支払をした本件土地及び本件源泉についての固定資産税、電気料、管理人給料、修理代と前示工事代金との合計について、被控訴人らは、本件土地の共有持分に応じた支払義務があるとして、被控訴人井島は、四〇万六〇四〇円、被控訴人栗原は一六万二四一六円、被控訴人馬場は八一万二〇八一円を夫々支払うよう催告し、同年八月三日、被控訴人らに対し、右支払義務不履行を理由として本件土地の各持分取得の意思表示をなし、同月八日本件訴えを提起した。

(九)  被控訴人らは、昭和五三年六月一二日訴訟代理人と共に、被控訴人井島及び同栗原においては、被控訴人井島の息子誠夫が、被控訴人馬場においては自らが、控訴人の請求にかかる前項の分担金額を夫々持参して控訴人事務所を訪ね、池沢政行を介して控訴人代表者に対しその受領方を申し出たが控訴人代表者はこれを拒否し、更に昭和五七年二月一六日、被控訴人らが控訴人代表者に対し、控訴人が当審において拡張した請求金額についての支払方を申し出たが控訴人は、これを拒否した。

二控訴人は、被控訴人らは本件土地の共有持分の割合に応じて控訴人主張の費用を負担すべきであると主張しているので、以下検討する。

1  前示認定したところによれば、被控訴人井島と清水平治は、持分二分の一の本件共有土地について、その公租公課を折半負担とし、通常ならば持分に応じて使用収益し、管理費用を負担すべきである本件源泉の使用収益、管理について前示のような内容の特約を締結し、そのうち汲湯分配その他に関する保管費、改良費については、被控訴人井島の引湯費用を除き全部清水平治の負担とすることと定めたものである。

しかして、右のごとき共有者間の共有物に関する使用収益、管理又は費用の分担についての定めは、その共有者の特定承継人に対しても当然承継されるものと解すべきものである。けだし、共有物の使用収益、管理又は費用の分担に関する定めは、共有関係と相分離しえないものであり、共有者は、自己が持つていた以上の権利を譲り渡すことができず、譲受人も、譲渡人が受けていたと同じ制限を受ける権利を取得するのが当然であるからである。民法二五四条は、右の当然の事理を前提とし、更に具体的に発生した債権についても特定承継人に承継されることを規定しているのである。もし右述のように解しないと、共有者間の特約により負担を負う共有者の一人が、持分を譲渡することにより一方的にいつでもその特約を破棄したと同等の効果を生じさせうることになり、その不当であることはいうをまたないところである。なお右特約については公示方法がないので、持分の譲受人が不測の損害を受け、取引の安全を害することがないとはいえないが、これは譲渡人の瑕疵担保責任、あるいは、共有者となつた譲受人による共有解消の問題として考慮すれば足りるものというべきである。

本件において被控訴人井島と清水平治間の前示(一)の(7)項は、法律上当然のことを約したものであり、被控訴人井島、馬場藤市、三昧荘間の前示(二)の(3)項も、新共有者間で新たに別異の契約をすることなく、右同様当然のことを確認したものと解することができる。

2  そうして、本件に現れたすべての証拠によつても、本件土地及び源泉の使用収益、管理及び費用の分担については、昭和一二年二月一六日当時の共有者全員二名間の前示(一)の特約昭和一四年一〇月三〇日当時の共有者全員三名間の前示(二)の特約(一八二番の一の土地に関する変更)のほか、いずれかの時点において、当時の共有者全員により新たな特約がなされたことを認めるに足りない。

もつとも、前示認定の事実によれば、三昧荘、北林サト及び控訴人は昭和四一年から昭和五〇年ころまで、本件土地の固定資産税の全額を格別の異議もなく、支払つていたことが認められるが、これは前認定のとおり北林サトが五〇分の三三の持分を有したことからその納付通知書が同人宛に来ていたことにより事実上右のようにしたに止まるものであり、控訴人もこれを踏襲したにすぎないものというべく、右により公租公課の負担についての前示特約の変更があつたものとまでは認め難い。

3  してみれば、本件においては、前示(一)及びその一部が変更された前示(二)の特約が控訴人、被控訴人らに承継されたものというべきところ、被控訴人井島と清水平治が本件土地の共有持分各二分の一の当時、公租公課を折半して負担するものと定めた趣旨は、本件土地の共有者が各自の持分に応じて負担すべきものと定めたと解することができ、従つて控訴人、被控訴人らは、本件土地の公租公課を、その共有持分に応じて負担すべきものであり、その他の費用については、これを全部負担すべきであつた清水平治(持分五〇分の二五)、その承継人三昧荘からの承継人である被控訴人栗原(持分五〇分の二)と、同じく三昧荘からの承継人北林サトからの承継人である控訴人(持分五〇分の二三)とが全額を、清水平治の持分五〇分の二五に源を有する分から取得した持分の相対の比率で即ち被控訴人栗原が二、控訴人が二三の割合で負担すべきものである。

4  本件における控訴人の負担に属する範囲とその割合が右に述べたとおりであることは、既述のとおり民法二五四条の解釈によつてこれを肯定できるばかりではなく、前示認定事実によれば、控訴人が現に前者の契約関係を当然承継する意思を有していたことを認めることができる。即ち、控訴人は、昭和四〇年九月北林サトから同人の本件土地に対する持分を取得した当時、既に被控訴人井島から、同被控訴人と清水平治間の公正証書による契約の写を交付され、その内容を了知すると共に、同被控訴人と馬場藤市、三昧荘間の契約の話も聞き、本件土地の共有持分移転の経過を熟知のうえ、格別異をとなえることなく本件源泉の施設を利用し、被控訴人馬場の所有地を無償で使用して引湯するなど前示特約を前提とする利益を享受する一方、前者である三昧荘や北林サトにならつて事実上本件土地の固定資産税や本件源泉の管理費の全部を支払続けていたのであるから、これに当審証人田中喜一郎の証言によつて認めうる源泉の共有における特約の特殊性を併せ考えれば、控訴人は、被控訴人らとの間で前示特約を承継する旨の意思を有していたものと認めるのが相当である。ただ、控訴人は、従前は自己の持分割合に照らし、その支払つた公租公課や管理費について他の共同所有者に負担を求めるまでのことはなかつたが、昭和五〇年に至り、揚湯管等の交換という多額の支出を要する基本的な工事が必要になつたことから、本件紛争に至つたものと考えられる。〈以下、省略〉

(川上泉 吉野衛 山﨑健二)

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